2012年10月14日日曜日

原猿→真猿→人類のメスの共認回路②

そして、いくら闘争課題が第一義でそれに共認しないメスの自我が集団にとって致命的とはいえ、メスを放り出す(生殖を放棄する)ことはあり得ません。ましてや、ボスにとってメスとの期待応望充足は、もはや手放せないほど大きくなっています。(ここでも、性闘争存在・性的(充足)期待存在として、外圧の低い環境ではメスに迎合せざるを得ないというオスの悲しいサガは、現代と同じです。)

2012年10月12日金曜日

原猿→真猿→人類のメスの共認回路①

原猿の頃は、まだ集団内(一匹のオスと数匹のメス)は“男女充足共認(オスメス間の期待応望充足)”の段階でしかなく、そこでの互いの意識のズレはなかったように思います。

次に、オス同士の闘争共認が第一義になった真猿集団において、メスがオスの意識の変化を感じていたかどうかですが、変化はメスも感じていたでしょう。
ただ、そこでオスメス間でも闘争共認が図られていたかどうかについては、やはり、外圧を直接感じないが故に共認できなかったと思います。